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この世は”マテリアルワールド(初期ミスチル風に)”っすよ

信濃毎日新聞2009年7月2日

CDを売っ払ってしまう人が増えているらしい。

らしい、って今更だよオイ。でも本当だとは思いたくない。思いたくはないが本当だ。写真(信濃毎日新聞の記事)を見れば一目瞭然だ。これだけiPod等デジタルオーディオプレーヤーが普及すればさもありなん、という他はない。

もう少し踏み込めば、アルバム単位で持つ人も相当少なくなっているんだろう。試聴して、気に入った1曲の単位でクリック課金→ダウソってことでしょ。せめてアルバムをzipとかexeとかに固めて…と思ったりもするけど、これだけ可処分所得が減っている中で販売者側としたってなかなかそうもいくまい。

でも一曲一曲に分断されるのは、『全曲完全シングル化』みたいなもので、寂しい。それはインディー精神に貫かれたハードコア・パンクバンドのシングルとは全く違う。ただただ消費されるための”商品”(作品ではない)に成り下がってしまう。何てことだ。

しかも、mp3等の圧縮形式だと、再生される周波数が削られてみんな似たような音質になるので、さらにその傾向は酷い。言ってみれば、『百均』化だ。パッと見(聴き)が良ければよい、ノリが良ければよい、と表面的な部分だけで判断されてしまう。

大体、音楽ってのは”実体のない”芸術だ。それをデータ化して”実体のない”ままやり取りするってのは、あまりに倒錯してないか?ついでに空気を震わさずヘッドホン直で聴いてたら、殆ど存在してないじゃない。いや、物理的には電気信号として、鼓膜の振動として、確かに存在してるんだけど、書き消し自由なデータって形態はすごくあやふやでしょ?

そんなのないよな、ってモロCD世代の私は思う。かつてレコードに取って代わったときの謳い文句は『100年経っても変わらない音!』みたいなものだった。実際に100年持つ素材かどうかはさておき、レコードやテープの”すり減る記録”が、当面は不変である物理的な「孔」になるという、画期的な出来事だった。なのに、それ(物質)をわざわざ電気信号そのものという”現象”に後退させてどーすんだよ?と。

CD世代と言ったが、小学生まではレコードだった。『泳げ!たいやきくん』とか『一本でもにんじん』とか、中森明菜とか小泉今日子とか少年隊とか長渕剛の『乾杯』とかナウシカとかおニャン子とか戸川純とか色々レコードで聴いたけど、自分の財布から金出して買ったのはCDだった。そしてたくさん買ってきたし、これからも買うだろう。それに対する感傷はあるかも知れない。知れないけど、やっぱり現に(物質的に)『そこにある』ということを大切にしたい。絵画や彫刻の力、ライヴの力を信じたい。ネット上でこんなこと言うのも何だが、”リアル”の優位性を信じたい(何しろダウソした音源だって必ずディスクに焼くのだ)。だから、みんなCDを買うのだ!なくしちゃらめぇぇ!なのだ!

…でもまてよ、ここまで書いて思ったんだけど、もしかしてみんな買ったCDをリッピングしてCDに焼(ry

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テーマ : CD・DVD

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